第15回日本ジャンボリーRS派遣


 
達成感・感動・感謝のジャンボリー


RS隊 藤田
 麻里衣

 

私は今年の夏、静岡県朝霧高原で開催された第15回日本ジャンボリーに行ってきました。

全国から参加するほとんどの人は派遣隊(地区等で構成された隊)または大会本部要員(ジャンボリー運営の奉任)のどちらかの参加ですが、私が所属した県央地区カラーチーム隊は日本ジャンボリーで4グループしかない演技グループとしての参加でした。

演技グループの役務としては、ジャンボリー期間中行なわれる大きな3つのセレモニー演技、演出の手伝いや毎日の国旗、諸旗の掲揚、降納やジャンボリー会場のあちこちを盛り上げるためのゲリラ演技・パレード等で活躍することです。そして私は今回、県央カラーチームの演技やパレードを行なうときに先頭や中心に立って指示をするサージェント(兼上班)として参加させていただきました。

ジャンボリーに向けて深夜のカラーチーム訓練は2月から始まりました。2回目くらいの訓練のときに私に「今年のサージェントやる?」と選ばれたとき、正直不安だらけで自分にはできないと思いました。でも4年前の第14回日本ジャンボリーに県央カラーチームとしての参加したとき経験した今でも覚えている感動や達成感をまた味わえるのか〜こんなチャンス逃したら損する!!

あの感動と達成感を味わうためならどんな壁ものりこえてやる!!と思い、

「やります!!サージェントやらせてください!!」

と決意しました。ですが、延べ100時間を越える練習とお祭りなどでのパレード、演技を積み重ねていく中で、私が想像していた以上に大きな壁はたくさんあり、もうサージェントなんかやってられるか!と心が折れてしまいそうなときもありました。

ジャンボリーが始まると練習やリハーサル、国旗諸旗の掲揚、降納や演技、パレードだけで1日が終わり、シャワーもよくて2日に1回しか浴びれない状況でした。でもそんな過酷な日々が終わった今はそんなことよりジャンボリーのセレモニーで参加者全員(約2万人)が注目し、大きな歓声があがる大舞台で演技、演出の手伝いができたことを大変誇りに思います。

私はカラーチームのサージェント(兼上班)でジャンボリーに参加して達成感・感動を味わうことによって大きな成長ができました。成長する機会をつくってくれたジャンボリーに参加するために支えてくださり、応援してくれた団や地区などをはじめとする関係者、家族や職場の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。私はこの感謝の気持ちを良い指導者を目指すことで恩返ししたいと思います。たくさんの経験と支えをありがとうございました。第15回日本ジャンボリーに参加できてよかったです。







 
15NJ報告


RS隊 鈴木 弘平

 

こんにちは。全国名字ランキング不動の2位の鈴木です。

前回のジャンボリーからもう4年が経ちました。当時はボーイだった私も今はローバーとなり、参加者からスタッフ側へと変わりました。14NJで隊付だった先輩と同じ年になったわけです。なんだか変な感じ。あの時の先輩たちと同じ場所に立っているんだって、なんだか実感無くて、自分はそれだけ成長できたのかなって。けどもそんな小さい事を考える暇も無いくらいに15NJは楽しく、盛り上がりました!むしろ4年前より楽しかったように思います! スタッフとしての仕事も楽しかったのですが、やはり新たな仲間との出会いが一番でした。それに韓国ジャンボリーの時の仲間や隊長にも会う事ができました。ボーイスカウトの輪って改めてすごいなって思いました。

ジャンボリー中は雨・晴れ・雨ってくらいに雨が降り洗濯物は乾かないわ、地面はドロドロだわ、長くつと合羽は持ってきてないわで大変でした。やっぱり「備えよ常に」って事ですね。でもシャワーは個室でかつぬるま湯がでたので本当に本当に良かったなと思いました。雨で洗濯物も乾かなくても地面がドロドロでも楽しかったのは仲間がいたからで、みんなで大会を成功させていいものにしようという気持ちが強くて物凄い一体感があったからだと思います。スタッフも楽しんでもちろんスカウトも楽しんで、それがジャンボリーなんだなって思いました。









 
風の次は泥のジャンボリー

 
RS隊 永田 達朗

 

 それは4年前のことだった。

 私がボーイ隊の最後の年、中学3年の夏、石川県の能登半島で14回目の日本ジャンボリーは行われた。4年に一度のボーイスカウトの祭典。まさにジャンボリーだったそれは迎えられる側として本当に楽しかった。たくさんのプログラムと雰囲気と風と考えても分からない何かがそれの要因だった。

 そして4年後の2010年。つまりは今年。

 日本ジャンボリーの15回目がやってきた。募集の知らせが来た時まだ高校生で大学入ってからどうなるか分からなかったから参加は4年前と同じくそれなりに迷った。でも4年前のことがあったから結局は行くことにした。でも今回は立場が違い、迎える側、運営する側である。楽しむ側から楽しませる側というわけだ。私は仕事をするという当然の心構えと多少の高揚感でその日を迎えた。

 猛暑に喘ぐ8月初旬、富士山の麓、焼きそばで有名な富士宮の朝霧高原も期待外れに猛暑の煽りをもろに受けていて暑かった。

 遅くはなったが言っておこう。この文章、決して面白おかしいものにはなることはない。そんな文を出来るだけ心掛けたいが今回は無理そうである。

「本部要員プログラム部絆サイト野外料理自慢」というのが私の配属だった。絆サイトにはオンステージ・パフォーマンス・野外料理自慢(兼、屋台村)という実質3つのプログラムから成っていた。途中参加組だったので私が着いた頃には大方の準備は終わっていた、ように見えたがそれなりに準備は残っていた。

 まぁこんな準備段階やジャンボリーの仕組みなどはどうでもいいことである。無駄な数行をお詫び申し上げたい。今までが序だとしたらこれからがこの私の紀行文の破の部分である。

 驚いたことは日程の全てを通して思ったことなのだが、若い人たちがなかなか動かないということである(自分もその中に入ってしまっていたとは思うのだが…)。「まじめか!!」というツッコミを受けても仕方ないとは思う。けれど片付けの時など横で班長とかが指示を出しているのに、そのまま雑談を続けられる神経が私にはわからない。ジャンボリーには何をしにきたのだろうか。仕事をやらなければいけない時間までを割いて友達を作りにきたのだろうか。かといって大人達が効率よく仕事の割り振りをしているわけでもなく、自分で仕事を見つけられないのもいけないのかもしれないが初めての仕事で初めての場所で、仕事も明確でもないのに無駄なく動けるという方がおかしいと私は思う。深まる謎は千仞(せんじん)の谷の如し。

 まぁ愚痴や問題点は挙げれば団報「ジャンボリー永田達朗愚痴号」になってしまうのでまたの機会にしたいと思う。スカイプで私を探してくれてもいいが…。

 今回のジャンボリーに爽やかさはなかったように思う。地面的に。じめじめのぬめぬめ。毎日繰り返す雨。1m先も見えなくなってしまう夜のトイレ。止まっているといつまでも埋まっていく足。ブラジルにこんにちはである。あれは歩くための道ではない。泥と戯れるための道である。

 ここから私の物語は急へと転じる。つまりまとめである。

そんなこんなで(どんなだ!?)私の8月初旬は過ぎていった。

 私は全力で、笑顔で言おう。15NJはとっても楽しかった。間違いない。なんだかんだやっぱりたくさんの仲間は出来たし、気付けたこともたくさんある。忘れられない風景や光景がいくつもあった。4年前と比べるとどうしても劣ってしまうかもしれないが立場が違うし、昔の思い出というのはどうしても自分の中で美しくデフォルメされてしまうものなので実は大した違いなんてなかったのかもしれない。

 とまぁ最後にはハッピーエンドで終わらせる趣味なのでこんな感じになりました。

 乱文失礼しました。

 そして最後に…。

 あ〜ぁ、山口県楽しみだなぁ〜。とっても。

 ではまたお会いしましょう。









 
派遣隊として行くのとは全然違う、楽しむ側から楽しませる側へ

 
RS隊 村松 隼斗

 

今回私は、大会本部要員として15NJへ参加しました。

楽しむ側としてジャンボリーに参加していた中学3年の夏、懐かしい・・笑

今回は楽しませる側として、新鮮な気持ちでのぞみました。

我々が配属されたプログラム部は、朝8時の朝礼に始まり、プログラムが終了する17時ごろまでスカウトと触れ合い活動をします。

このプログラムを通じてたくさんの県のスカウトとしゃべり、一生懸命プログラムをやって楽しんでいるスカウトを見ていると、楽しませる側として、少しは自分も協力できているのかな、と思うことがありました。また、たくさんのリーダー(大人の方々)と話すことは、何かと勉強になりました。

それが終わると後はフリータイムです。夕食をとったり翌日の準備をしたりシャワーを浴びに行ったりしました。

シャワーは夜中に浴びに行きました。夕方などは大変混むので・・・

今回は温水で助かりました〜富士山の水は本当に冷たいので・・

あ、富士山といえば食堂から見える富士山は、とても綺麗でした!

みんな写真撮っていました(笑)

あ〜、とにかくスカウトでもリーダーでも、ジャンボリーに参加できる機会があるなら、行ったほうがいいと思います。友達が増えるだけではないです。ほんとは。経験できることも、たくさんあると思いますよ。

 










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